IT担当者がいない会社で起きがちな4つの問題

従業員10〜100名程度の会社では、パソコンに詳しい社員や社長自身が「ついでに」ITの面倒を見ていることがよくあります。その人がいる間は問題なく回りますが、仕組みとして管理されていないため、次のような問題が少しずつ積み上がっていきます。

1. 管理者パスワードを社長や退職者しか知らない

事務所のサーバー、Wi-Fiルーター、複合機、会計ソフトの管理画面などには「管理者」と呼ばれる特別なアカウントがあります。設定を変えたり、新しい社員を追加したりできる強い権限を持つアカウントです。このパスワードを導入時の担当者だけが知っていて、その人が退職してしまうと、設定変更ができない、新しいPCをつなげない、といった事態になります。業者に初期化してもらえば解決する機器もありますが、中のデータや設定が消えてしまうこともあります。

2. 個人のメールアドレスでクラウドサービスに登録している

ネットショップの管理画面、ドメイン(ホームページのアドレス)の契約、ファイル共有サービス、会計・給与のクラウドサービスなどを、担当者が自分のフリーメールや携帯のアドレスで登録しているケースです。パスワードを忘れたときの再設定メールや、契約更新の案内がすべてその個人に届くため、本人がいなくなると会社からは手が出せなくなります。ドメインの更新案内に誰も気づかず、契約が切れてホームページやメールが止まる、というのは典型的な事故です。

3. 共有IDを全員で使い回している

「受付用」「営業用」といった1つのIDとパスワードを複数人で使う運用です。手軽ではありますが、誰が何をしたのか記録で区別できず、誰かが辞めてもパスワードを変えにくい(変えると全員に知らせ直す必要がある)という問題を抱えます。

4. パスワードが付箋やノートに書かれている

モニターに貼った付箋、机の引き出しのノート、デスクトップに置いた「パスワード.txt」などです。来客や清掃業者の目に触れることもありますし、肝心なときに「どこに書いたか分からない」ことも少なくありません。

ポイント

これらの問題に共通するのは、「会社の資産であるアカウントが、個人の記憶や持ち物にひも付いている」ことです。対策の方向性は、アカウントを会社のものとして記録し、特定の1人がいなくても管理できる状態にすることです。

まずは会社のアカウントを棚卸しする

最初の一歩は、会社で使っているサービスやシステムのアカウントを一覧にすることです。Excelやスプレッドシートで構いません。いきなり完璧を目指さず、思いつくものから書き出し、社員に「仕事で使っているサービスやログインしている画面」を聞き取って追加していきます。

サービス名用途管理者(正・副)登録メール2要素認証契約者名義
独自ドメイン(レジストラ)ホームページ・メールのアドレス社長/総務Ainfo@自社ドメインあり(SMS)会社名義
グループウェア・メール社内メール、予定表総務A/営業Badmin@自社ドメインあり(認証アプリ)会社名義
会計クラウド仕訳、決算経理C/社長経理Cの個人Gmailなし会社名義
ネットショップ管理画面EC受注・商品登録元担当D(退職済み)不明不明不明
事務所のWi-Fiルーター社内ネットワーク不明――リース会社

表を作ると、「登録メールが個人のアドレス」「管理者が退職者」「不明」といった危ないところが一目で分かります。上の例なら、会計クラウドとネットショップ、Wi-Fiルーターが優先して手を付けるべき対象です。

表に「パスワードそのもの」は書かない

この一覧は、どこに何があり、誰が責任を持つかを示す「台帳」です。パスワードそのものは書かず、後述のパスワード管理ツールなど別の場所で管理します。台帳とパスワードを同じファイルに入れてしまうと、そのファイル1つが漏れただけですべてのサービスに入られてしまうためです。

見落としやすいアカウント
  • ドメイン・レンタルサーバーの契約(ホームページとメールの土台)
  • ネットバンキング、各種の電子申告・電子申請に使うアカウント
  • 社内サーバー、NAS(ネットワーク上の共有ディスク)、ルーター、複合機の管理画面
  • 会社の公式SNS、Googleビジネスプロフィールなどの集客用アカウント
  • 業務システムのベンダーが用意した保守用・管理用のアカウント
  • ソフトウェアのライセンス管理画面(購入履歴や更新の管理)

管理の基本となる4つの原則

棚卸しができたら、次の4つの原則に沿って一つずつ整えていきます。全部を一度に直す必要はありません。止まったら困るもの、お金や個人情報を扱うものから順に進めるのが現実的です。

原則1:会社のメールアドレスで登録する

業務で使うサービスは、個人のアドレスではなく会社のドメインのアドレスで登録します。さらにおすすめなのは、「admin@」「info@」のように役割ごとのアドレスを用意し、複数人が受け取れるようにしておくことです。こうしておけば、担当者が替わっても転送先や閲覧者を変えるだけで引き継げます。すでに個人アドレスで登録しているサービスは、登録メールの変更機能を使って切り替えます。

原則2:管理者は必ず2人にする

重要なサービスの管理者権限は、正・副の2人に持たせます。1人が急に休んだり退職したりしても、もう1人が設定やパスワードの再発行を行えるようにするためです。多くのクラウドサービスは複数の管理者を登録できます。社長が「副」として入っておくだけでも、締め出されるリスクは大きく下がります。

原則3:パスワードはツールで管理し、使い回さない

サービスごとに異なる、長く推測されにくいパスワードを使うのが基本です。とはいえ人が覚えられる数には限りがあるので、次の章で紹介するパスワード管理ツールに任せます。同じパスワードを複数のサービスで使い回していると、どこか1つから漏れたときに芋づる式に入られてしまいます。

原則4:多要素認証を有効にする

多要素認証(2要素認証とも呼ばれます)は、パスワードに加えて、スマートフォンに届く確認コードや認証アプリの数字など、もう1つの手段で本人確認をする仕組みです。パスワードが漏れても、それだけではログインできなくなります。メール、会計、ネットバンキング、ドメイン管理など、乗っ取られたときの被害が大きいサービスから優先して設定してください。

注意

多要素認証の確認コードが、特定の社員の個人スマートフォンにしか届かない設定になっていると、その人が辞めたときに誰もログインできなくなります。副管理者も認証手段を登録しておく、会社支給の端末を使う、サービスが発行する「バックアップコード(予備のログイン用コード)」を安全な場所に保管する、といった備えを一緒に行ってください。

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パスワード管理ツールと多要素認証の始め方

パスワード管理ツールは、IDとパスワードを暗号化して保管し、ログイン時に自動入力してくれるソフトやサービスです。法人向けのものには、部署やチームごとにパスワードを共有する機能、誰がどのパスワードを見られるかを決める機能、退職者のアクセスを一括で止める機能などが備わっています。

選ぶときに確認したいこと

  • 法人・チーム向けプランがあるか:個人向けのツールを各自が使っているだけでは、会社として引き継げません。
  • 管理者が複数置けるか:原則2と同じく、ツール自体の管理者も2人にします。
  • 共有範囲を細かく決められるか:経理のパスワードは経理と社長だけ、といった分け方ができるか。
  • 普段使っている端末で使えるか:WindowsのPC、スマートフォン、使っているブラウザに対応しているか。

料金や機能はサービスごとに異なり、変更もあるため、導入前に公式サイトで確認し、無料の試用期間があれば数人で試してから決めるとよいでしょう。

導入の進め方の目安

一般的な目安として、次の順番で進めると混乱が少なく済みます。

  1. 社長と総務担当の2人で導入し、棚卸し表の「重要度が高いもの」から登録する
  2. 登録しながら、パスワードを長いものに変更し、多要素認証を有効にする
  3. 部署ごとの共有フォルダを作り、各部署の責任者に使い方を説明する
  4. 付箋やテキストファイルに書かれたパスワードを回収・削除する

ツールそのものに入るための「マスターパスワード」は、すべての鍵を開ける鍵です。十分に長いものにし、ツールへのログインにも多要素認証を設定してください。万一に備え、社長が封をした紙で金庫に保管する、といった社内ルールを決めておく会社もあります。

退職・担当交代のときのチェックリスト

アカウント管理が試されるのは、人が入れ替わるときです。退職が決まった時点で、最終出社日までに次の項目を確認します。引き継ぎ期間が短いと漏れが出やすいため、退職の申し出があったらすぐに着手するのが理想です。

退職・交代時のチェックリスト
  • 棚卸し表で、本人が管理者・登録者になっているサービスを洗い出した
  • 管理者権限を後任(または副管理者)に移し、本人の権限を外す日を決めた
  • 本人の個人メールで登録されたサービスの登録メールを、会社のアドレスに変更した
  • 多要素認証の端末が本人の個人スマートフォンだけになっていないか確認し、付け替えた
  • 本人が知っている共有ID・共有パスワード(Wi-Fi、複合機、共有アカウントなど)を変更した
  • 本人の業務用メールボックスと保存ファイルの扱い(後任への引き継ぎ・保管期間)を決めた
  • 最終出社日の業務終了後に、本人のアカウントを停止する手配をした
  • 会社支給のPC・スマートフォン・USBメモリ・入館カードを回収した
  • パスワード管理ツールの本人のアクセスを止めた
  • 取引先やベンダーに、窓口担当者が替わることを連絡した

アカウントは、退職日にすぐ削除するより「停止」してしばらく残すほうが安全な場合があります。削除するとメールや保存データが一緒に消えるサービスもあるためです。一定期間(例:取引先からの連絡が落ち着くまで)停止状態で保管し、必要なデータを移してから削除する、という順番にしておきます。

また、業務システムやExcelマクロの中に、退職者のIDやパスワードが直接書き込まれていることがあります。たとえば「毎朝データを取り込むマクロが、退職者のIDでサーバーに接続していた」というケースでは、アカウントを止めた翌日から処理が動かなくなります。停止前に、システムの保守を担当している会社や社内の詳しい人に確認しておくと安心です。

やってはいけないこと

最後に、よかれと思ってやりがちな、避けたいことをまとめます。

パスワード一覧をExcelファイルで共有フォルダに置く

棚卸し表とは別に「パスワード一覧.xlsx」を作り、社内の共有フォルダやメールで回してしまうケースです。ファイルにパスワードをかけていても、そのパスワードが社内で共有されていれば意味が薄れます。パスワードは専用のツールで管理しましょう。

パスワードをメールやチャットで送る

メールやチャットの履歴は長く残り、誤送信の危険もあります。どうしても伝える必要がある場合は、パスワード管理ツールの共有機能を使うか、IDとパスワードを別の手段で伝えるようにします。

退職者のアカウントを「念のため」そのまま使い続ける

退職者のIDに後任がログインして業務を続ける運用は、誰の操作か分からなくなり、本人の個人情報が含まれるメールなどを後任が見ることにもなります。必要なデータを移したうえで、後任には後任のアカウントを用意してください。

パスワードを定期的に変えさせることだけに頼る

「毎月パスワードを変える」というルールは、かえって単純なパスワードや付箋メモを招きがちです。使い回さない、長くする、多要素認証を有効にする、漏えいや退職のときに確実に変える、という点に力を入れるほうが効果的です。

パソコンに詳しい1人に丸投げする

詳しい社員に任せるのは自然ですが、その人だけが全部を知っている状態こそが、この記事で解決したい問題です。経営者が台帳の存在を把握し、副管理者として名前を連ねておくことが、最も手軽で効果の大きい対策です。

まとめ

  • 管理者パスワードの属人化、個人メールでの登録、共有ID、付箋メモは、退職・交代のときに問題として表に出る
  • サービス名・用途・管理者・登録メール・2要素認証・契約者名義を一覧にし、「不明」「個人」の箇所から直す
  • 会社のアドレスで登録、管理者は2人、パスワードはツールで管理、多要素認証を有効にする
  • 退職時はチェックリストで権限移管・パスワード変更・アカウント停止・機器回収を漏れなく行う
  • パスワード一覧ファイルの共有や、詳しい1人への丸投げは避け、経営者も台帳を把握する
参考資料・公式情報

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