Excelマクロの「属人化」とは何が問題なのか
Excelマクロとは、Excel上の繰り返し作業を自動で実行させる仕組みのことです。中身はVBA(Visual Basic for Applications)というプログラミング言語で書かれています。データの集計、帳票の作成、別ファイルからの取り込みなど、手作業なら数時間かかる処理をボタンひとつで終わらせられるため、多くの会社で業務の要になっています。
問題になるのは、そのマクロを作った人・直せる人が社内に一人しかいない状態です。これを「属人化」と呼びます。たとえば次のような状況は、典型的な属人化です。
- 建設会社で、現場ごとの原価集計をするマクロを、10年前に入社した事務担当者が独学で作り、その人しか直せない
- クリーニング店で、店舗ごとの受付データを月末にまとめて売上表を作るマクロが、エラーになるたびに特定の社員を呼んで直してもらっている
- 卸売業で、受注データを取り込んで出荷指示書を作るマクロがあるが、どのファイルがどれとつながっているのか誰も把握していない
普段は問題なく動いているため、リスクに気づきにくいのが厄介なところです。しかし、担当者の退職や異動、長期の休職が決まった瞬間に、「月末の請求処理ができない」「出荷指示が出せない」といった形で、業務が止まる危険が一気に表面化します。
マクロが止まるきっかけは退職だけではない
担当者がいても、マクロが急に動かなくなることはあります。よくあるきっかけは次のとおりです。
- パソコンの入れ替えやExcelのバージョンアップで、動作が変わった
- 参照しているファイルの保存場所(共有フォルダのパス)が変わった
- 取引先から届くデータの形式が変わった
- 社内の誰かが、シートの列を追加・削除した
こうしたときに原因を調べて直せる人が一人しかいないと、その人が不在の日には業務が止まります。属人化の問題は「辞めたら困る」だけでなく、日常的にその人に依存している状態そのものにあります。
まず社内のマクロを棚卸しする
属人化を解消する第一歩は、「社内にどんなマクロがあり、何に使われているか」を把握することです。担当者本人も、自分が作ったマクロをすべて覚えているとは限りません。まずは一覧を作りましょう。
マクロ付きファイルを探す
マクロを含むExcelファイルは、多くの場合ファイル名の末尾(拡張子)が「.xlsm」になっています。古いファイルでは「.xls」の中にマクロが入っていることもあります。共有フォルダや担当者のパソコンでこうしたファイルを検索し、候補を洗い出します。開いたときに「マクロを有効にする」といった警告が出るファイルも対象です。
一覧表にまとめる
見つかったファイルについて、次のような表を作ります。最初から完璧を目指す必要はなく、分かる範囲で埋めていけば十分です。
| 記入項目 | 記入例 |
|---|---|
| ファイル名・保存場所 | 出荷指示作成.xlsm(共有フォルダ > 業務 > 出荷) |
| 何の業務に使うか | 受注データから出荷指示書を作る |
| 使う頻度・タイミング | 毎日、午前10時と午後3時 |
| 使う人 | 物流担当2名 |
| 作った人・直せる人 | 総務の◯◯さん(作成者、唯一修正可能) |
| 止まったときの影響 | 出荷が止まる。手作業だと半日かかる |
| つながっているファイル・システム | 販売管理システムから出力したCSV、得意先マスタ.xlsx |
優先順位をつける
一覧ができたら、「止まったときの影響」と「直せる人の人数」の2つの軸で優先順位をつけます。影響が大きく、直せる人が一人しかいないものから手をつけます。担当者の退職日が決まっている場合は、残り期間で全部を引き継ぐのは難しいことが多いため、上位のものに集中するのが現実的です。
棚卸しの段階で、もう使っていないマクロが見つかることもよくあります。使っていないものは引き継ぎ対象から外し、誤って使われないよう別フォルダに移しておくと、後の作業が軽くなります。
担当者からの聞き取りで押さえるべきこと
マクロの中身(VBAのコード)は、後から専門家が読めばある程度は解読できます。しかし、「なぜそういう処理にしたのか」「どんな例外があるのか」は、担当者本人にしか分かりません。担当者がいるうちに聞いておくべきなのは、コードそのものよりも、この業務上の背景です。
- このマクロは、どの業務の、どの手作業を置き換えるために作ったか
- 実行する前に準備するもの(入力ファイル、事前の手作業)は何か
- 実行の手順(どのボタンを、どの順番で押すか)
- 結果として何ができあがり、どこに保存されるか
- 月末・期末・年度替わりなど、特別な時期だけ行う操作はあるか
- 特定の取引先・商品・現場だけ扱いが違う「例外ルール」はあるか
- よく出るエラーと、そのときの対処方法
- 参照している他のファイルやシステム、そのパス(保存場所)
- パスワードがかかっているシート・ファイルはあるか(パスワード自体は管理者が別途安全に保管する)
- 過去に修正した箇所と、その理由
- 「ここは触ると壊れる」と本人が気をつけている箇所
- 本人が「本当はこう直したかった」と思っている点
聞き取りは「実演してもらう」のが一番
口頭で説明してもらうより、実際の業務で操作しているところを横で見せてもらい、引き継ぐ人が質問しながらメモを取る方法が確実です。画面録画を残しておくと、後から何度でも見返せます。月末処理のように月に一度しか行わない作業は、その時期を逃すと次の機会まで1か月待つことになるため、退職日から逆算して日程を確保しておきましょう。
退職が決まった担当者は、通常業務の整理や有給休暇の消化で、思っている以上に時間がありません。「最後の2週間でまとめて引き継ぐ」計画は、ほぼ間違いなく時間切れになります。退職が分かった時点で、引き継ぎを通常業務より優先する時間として、上司が明確に確保してください。
引き継ぎ資料の作り方|最低限これだけは残す
引き継ぎ資料というと、立派な仕様書を想像するかもしれませんが、中小企業の現場では完璧な資料を作る時間はまずありません。大切なのは、担当者がいなくなった後に、別の人が「使える」「困ったときに調べられる」状態を作ることです。最低限、次の3種類を残しましょう。
1. 操作手順書(使う人向け)
日々そのマクロを使う人のための資料です。画面のスクリーンショットに番号をつけて、「1. このフォルダからCSVをコピー」「2. このボタンを押す」「3. 出力されたファイルをここに保存」と、手順を順番に書きます。専門用語は不要です。エラーが出たときの「まずやること」(ファイルを閉じて開き直す、入力データの形式を確認する等)もここに書いておきます。
2. 業務ルールのメモ(判断のための資料)
聞き取りで分かった例外ルールや、処理の理由を書き残す資料です。「得意先Aは締め日が20日なので、別シートで計算している」「単価が0円の商品は無償サンプルなので集計から除外している」といった内容です。これがあると、将来マクロを修正したり作り直したりするときに、仕様を一から調べ直す必要がなくなります。
3. 構成のメモ(直す人向け)
マクロを修正する人のための資料です。どのファイルがどのファイルを参照しているか、どのシートに何のデータが入っているか、主な処理(マクロの名前)ごとに何をしているかを簡単に書きます。VBAのコード自体にも、処理の区切りごとに日本語のコメント(説明文)を入れてもらえると、後から読む人の負担が大きく減ります。
ファイルの保管ルールも決める
資料を作っても、どこにあるか分からなければ意味がありません。マクロ本体と資料を同じフォルダにまとめ、「正式に使うファイルはこれ」と決めておきます。担当者のパソコンのデスクトップにだけ最新版がある、という状態は必ず解消してください。修正前のファイルは日付を付けて別フォルダに保存しておくと、修正で不具合が出たときに元に戻せます。
引き継いだ後の選択肢|維持・整理・作り直し
引き継ぎが終わっても、それで安心というわけではありません。次に「このマクロを今後どうするか」を決める必要があります。選択肢は大きく3つです。
| 選択肢 | 向いているケース | 注意点 |
|---|---|---|
| そのまま維持する | 処理が単純で、資料があれば社内の別の人が直せる | 直せる人を最低2人にする。外部の相談先も確保しておく |
| 整理して作り直す(Excelのまま) | 継ぎ足しで複雑になっているが、Excelで運用する形自体は合っている | まず業務ルールのメモをもとに、必要な処理だけに絞る |
| システム化する | 複数人で同時に使う、データ量が多い、他のシステムと連携したい | いきなり大きく作らず、小さく始めて改善していく |
判断の目安
「複数の人が同じファイルを同時に開いて上書きしてしまう」「ファイルが重くて開くのに何分もかかる」「同じデータを何か所にも手入力している」といった症状が出ているなら、Excelの限界に近づいているサインです。この場合は、簡単な業務アプリやクラウドのサービスへの移行を検討する価値があります。
一方で、一人で使う集計ツールのように、Excelのままで十分なものも多くあります。すべてをシステム化する必要はありません。業務への影響と使い方に合わせて、マクロごとに判断してください。
社内に直せる人がいない場合は、外部の保守サービスに引き継ぐという選択肢もあります。その場合も、ここまでで作った一覧・聞き取りメモ・資料があれば、引き継ぎはずっとスムーズになります。
二度と属人化させないための社内ルール
今回のマクロを引き継いでも、別の誰かがまた新しいマクロを一人で作り始めれば、同じことが繰り返されます。Excelでの業務改善そのものは歓迎すべきことなので、禁止するのではなく、次のようなルールで「見える状態」を保つのがおすすめです。
- 業務で使うマクロは届け出制にする:作ったら一覧表に登録する。棚卸しで作った表をそのまま台帳として使う
- 直せる人を必ず2人以上にする:作成者とは別に、もう一人が修正方法を理解している状態を作る
- 保存場所を決める:業務用のマクロは決められた共有フォルダに置き、個人のパソコンに置かない
- 修正したら記録を残す:いつ、誰が、何のために、どこを直したかを簡単にメモする
- 年に一度見直す:台帳をもとに、使っていないもの、作り直すべきものを確認する
こうしたルールは、最初は面倒に感じられるかもしれません。しかし、社員10〜50名規模の会社では、一人の退職がそのまま業務停止につながりやすいのも事実です。担当者が元気に働いているいまのうちに仕組みを作っておくことが、結果的にいちばん負担の少ない対策になります。
まとめ
- 属人化の問題は「辞めたら困る」だけでなく、日常的に一人に依存している状態そのものにある
- まず社内のマクロ付きファイルを洗い出し、影響の大きさと直せる人の数で優先順位をつける
- 担当者からは、コードよりも「業務上の理由」と「例外ルール」を実演してもらいながら聞き取る
- 引き継ぎ資料は、操作手順書・業務ルールのメモ・構成のメモの3種類を最低限残す
- 引き継ぎ後は、維持・整理・システム化をマクロごとに判断する
- 届け出制、修正できる人を2人以上にするなどのルールで、再び属人化するのを防ぐ
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